ラインハルトとヤン、両者の対面は宇宙暦799年の、自由惑星同盟への帝国軍の軍事進攻最後の戦いである「バーミリオン星域の会戦」の後ラインハルトの旗艦にして銀河帝国宇宙艦隊総旗艦「ブリュンヒルト」艦内のラインハルトの個室で行われた。会話は帝国公用語で行われ民主共和政と専制体制についてなど鋭く重要な内容をはらむものであった。 −会話はラインハルトの一言で始まった−
 「卿にはぜひ一度会ってみたいと思っていたのだ。ようやく願いがかなったというわけだ」
 「恐れ入ります」
 「卿とはいろいろと因縁がある。アスターテ星域の会戦を覚えているか」
 「閣下から通信文をいただきました。再戦の日まで壮健なれ、と。おかげさまで悪運強く生き長らえております」
 「私は卿から返信をもらえなかった」
 「非礼の限り、申し訳ありません」
 「その借りを返せというわけではないが、どうだ私に仕えないか。卿は元帥の階級を授与されたそうだが私も卿に報いるに元帥の称号をもってしよう。今日ではこちらのほうがより実質的であるはずだが」
 「身に余る光栄ですが辞退させていただきます」
 「なぜだ?]
 「私が帝国に生をうけていれば閣下のお誘いを受けずとも進んで閣下のもとにはせ参じていたことでしょう。しかし、私と閣下は違う水を飲んで育ちました。飲みなれぬ水を飲むと体を壊す恐れがあると聞きます」
 「その水が必ずしも卿にあっているとも思えぬ。武勲の巨大さに比べ報われぬこと、掣肘を受けることがあまりに多くないか」
 「私自身は十分に報われていると思っております。それにこの水の味が私は好きなのです」
 「卿の忠誠は民主主義の上にのみあるということだな」
 「はあ、まぁ・・・・・・」
 「民主主義とはそれほどよいものなのかな。
 銀河連邦の民主共和政はいきつくところルドルフによる専制政治を生み出す苗床となったではないか]
 「それに、卿の愛してやまぬ・・・ことと思うが、祖国を、自由惑星同盟を私の手に売り渡したのは同盟の国民多数が自らの意思で選んだ元首だ。
 民主共和政とは人民が自分達自身の制度と精神を貶める政体のことか?」
 「失礼ながら閣下のおっしゃりようは火事の原因になるからという理由で火そのもの を否定なさるもののように思われます」
 「ふむ・・・・・・そうかもしれぬがそれでは専制政治も同じことではないのか。
 時に暴君が出現するからといって強力な指導性をもった政治の功を否定することはできまい」
 「私は否定できます」
 「どのようにだ?」
 「人民を害する権利は人民自身にしかないからです。
  ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムや、またそれよりはるかに小物ながらヨブ・トリューニヒトなどを権力の座につけたのは人民自身です。他人を責めようがありません。
 まさに肝心なのはその点であって、専制政治の罪とは人民が政治の失敗を他人のせいにできる、という点に尽きるのです。その罪の大きさの比べれば百人の名君の善政の功も小さ あることを思えば、功罪は明らかであるように思うのですが・・・・・・」
 「卿の主張は大胆でもあり斬新でもあるがいささか極端な気もするな。私としてはに わかに首肯はしかねるがそれによって卿は私を説得しようと試みているわけなのか」
 「そうではないのです・・・・・・
  私はあなたの主張に対してアンチテーゼを提出しているに過ぎません。一つの正義に対してまったく別の方向に同じだけの質と量を持った正義が必ず存在するのではないか と私は考えていますので、それを申し上げたみただけのことです」
 「正義は絶対ではなく一つでさえないというのだな。それが卿の信念というわけか」
 「私がそう思っているだけのことで信念というほどのものではありません。あるいは宇宙には唯一無二の真理が存在しそれを解く方程式があるかもしれない、とも思います が、だだ、それに届くほど私の手は長くはないのです」
 「だとしたら私の手は卿のそれよりも更に短い。
 私は真理など必要としなかった。ただ力だけが必要だった。言い方を変えれば嫌いな奴の命令を聞かずにすむ力がな。卿はそう思ったことはないか。嫌いな奴はいないのか」
 「私が嫌いなのは自分だけ安全な場所な場所に隠れて戦争を賛美し愛国心を強調し、 他人を戦争に駆り立て自分は後方で安楽な生活を送るような輩です。そういう連中と同 じ旗の下にいるのは耐え難い苦痛です。しかし、閣下あなたは違う。常に陣頭に立っておいでです。失礼な申し上げようながら感嘆の念を禁じえません」
 「なるほど、その点だけは私を認めてくれるのだな。素直に喜んでおこう。
 私には友人がいた・・・・・・その友人と二人で宇宙を手に入れることを制約したとき同時にこうも誓ったものだ。卑劣な大貴族の真似はすまい、必ず陣頭に立って戦い勝 利を得ようと。私はその友人のためにいつでも犠牲になるつもりだった。
 しかし、実際には犠牲になっていたのはいつも彼のほうだった。私はそれに甘えて、甘えきって、ついには彼の命まで私のために失わせてしまった。もし彼が生きていたら私は生きた卿ではなく卿の死体と対面していたはずだ」
 「それでは最後に聞くが卿を自由の身としたら卿は今後どうするか」
 「退役します」
 ラインハルトは最後のヤンの言葉にこの男の個性の真髄を感じ取ったような気がして、両者の、彼らの生涯を通じてただ一度の対話はこうして終わった。
 続く宇宙暦799年、新帝国暦1年6月22日、銀河帝国首都星オーディンの新無憂宮「黒真珠の間」においてラインハルト・フォン・ローエングラム帝国公爵は、皇帝として至尊の帝冠を自らの頭上に戴く。黄金の頭髪と冠はひとつに溶け合いこの若者こそが何世紀も前からのこの帝冠の正当な所有者であったことを無言の内に人々に語りかけるかに見える。
 ローエングラム王朝がここに始まる。
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