ナチス、およびその所業、成立過程、その、リヒャルト・ワーグナーの長大きわまる楽劇(ムジ−ク・ドラマ)「ニーベルングの指環」最終夜「神々の黄昏」にも比せられる一種悲歌的な崩壊過程(それはアドルフ・ヒトラー−間違いなく時代に冠絶した個性−と情婦エヴァ・ブラウンとの総統地下官邸での結婚式に集約されよう)、人類にとっての意義、いずれも大変興味深い命題である。しかし、彼らのなした残虐行為や野蛮な言論弾圧、偏狭な人種主義を肯定しないまでも20世紀前半を振りかえりその今日的意義を明らかにしておく作業は決して無駄ではないであろう。
  ここではナチス・ドイツのみならず、大局的な歴史的視点にたってナチスの勃興と崩壊までを主要人物、世界的事件、またナチズムの先駆者ともいえるイタリアのファシズム運動と絡めて論を進めていきたい。
また、残念なことではあるが、ナチス・ドイツが我々地球人類の歴史に誕生しなければ、おそらくは「機動戦士ガンダム」における「ジオン公国」や、「銀河英雄伝説」におけるゴールデンバウム朝銀河帝国も成立しなかったろうし、そうなれば日本は二つの偉大な、戦闘の迫力と人間性に訴えてやまない魅力的きわまるキャラクターたちからなる、二つの偉大な虚構作品を失っていただろう。
             
観衆の歓呼に応えるヒトラー 国防軍か親衛隊に囲まれて壇上を登るヒトラー ヒトラー−総統としての肖像−
     また私は一連のナチス・ドイツの行動や行為を単にヒトラー、及びその側近たちのみの責任に帰す気はもうとうない。世界がはじめて経験する大不況の中にあったことがナチスの勢力伸張に役立ったのは明白だが、そこには彼らに期待を寄せ彼らに自分達の命運を託そうとおもった「大衆」がいたからである。貴族階級の生まれであるから「大衆」とは呼べないかもしれないが、ヘルベルト・フォン・カラヤン−ナチス政権下で「奇跡のカラヤン(ヴンダー・カラヤン)」と称せられ、戦後一時活動を禁じられていたものの、フルトヴェングラーの後任としてベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に就任してからは欧州の主要音楽ポストを掌中におさめ、映像分野や(音楽映画から始まって、家庭用ビデオの普及のために小俣の音楽ソフトを製作し、82年のCD(コンパクト・ディスクとして80年代生まれ以降の音楽ファンの間ですっかり定着した当時で言う「新規格デジタル・オーディオ」)製作にも意欲的に意見を出し(その結果が当初60分とされていた収録限界時間をベートーヴェンの「第9交響曲」がどんな演奏でも収まるように74分(現在では80分)としたり、当初はつけられていなかった早送り・巻き戻し機能をつけさせ、死の真際にはレーザー・ディスク(LD)の普及に努めた先見の明あふれる音楽家−さえも、ナチスが政権を取った後であるがナチス党員になっているのだ。愛と情熱にあふれる戦後のカラヤンの演奏からは想像も出来ぬ所業をナチス党はおかしたのである。ナチズム、あるいは「第3帝国史」はこのように多彩な側面を持ち単にヒトラー嫌悪で乗り切れるほど甘いものではない。彼らは世界と人間に対して挑戦し、あまりに多くを傷つけまた傷つけられた。1945年初春のベルリンはまさに「神々の黄昏」が「大衆」の犠牲の果てに現出したかのごとくだったろう。
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      ナチスの狂気
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